アンヌ・ヴィアゼムスキー「少女」
エキサイトブログより転記。
5p
「 二〇〇四年二月十七日目の前に彼女が座っている。(略)
私の質問への答えを探している。(略)テレーズの声。
一九四三年、(略)ロベール・ブレッソンの長編第一作『罪の天使たち』の、あの衝撃的な犯罪者の声。」
36p
「 映画の台本は、フランソワ・モーリヤックにも渡されていて、私たちは祖父がそれを読んでどう思うかが決定的に重要だということを知っていた。」
87-88p
「(略)ロベール・ブレッソンが二匹の子猫を連れてきていたのを発見して、(略)
二匹のシャム猫は狂ったように私たちのあとを追って浴室についてきていた。『兄猫と妹猫だよ……。(略)』
(略)彼は一匹を抱き上げると、キス責めにした。(略)もう一匹を捕まえようとした。『猫ちゃん、猫ちゃん……』。(略)
アンヌ・ヴィアゼムスキーの小説は今のところ、ゴダールとの出会いと映画を撮影した時期を描いた「彼女のひたむきな12ヶ月」とブレッソン作品で映画初主演した本作しか読んでいない。
『これは女の子の方だ!(略)』
彼はその子猫にお説教し、愛撫し、抱きしめた。
雌猫はのどをごろごろ鳴らし、(略)顔に頭をこすりつけた。」
90p
「(略)『でも猫たちが逃げ出さないようにくれぐれも注意するんだ。(略)』(略)」
「(略)彼が(略)行き来する音や、(略)
二匹の子猫たちと遊んだりしている物音を聞いていた。
『猫ちゃん! 子猫ちゃん!(略)
小悪魔だねえ!』」
102-104p
「(略)草の中で物音がして、トラ縞の、知らない大きな猫が私の足元にすり寄ってきた。(略)
のどをごろごろ鳴らしていた。
この突然の闖入者に(略)
ひざまずいてもっとよくなでてあげようとした。」
「『そんな猫と地面で何をしているのかね。(略)』
彼は私に手を差し出し、立ち上がらせてくれた。」
「(略)もしかして私は過ちを犯そうとしているのだろうか。(略)
『弱気になっちゃだめよ、子猫ちゃん!』」
116p
「 ロベール・ブレッソンは二匹の子猫のいたずらの話をし、一匹の方がいなくなったかと思って(略)
奥さんが子猫を見つけたとき、どんなに喜んだか、といったことを。」
132-133p
「 以前見かけたトラ縞の大きな猫が飛び出してきて、またしても私の足に体をこすりつけてきた。
のどをごろごろ鳴らして、(略)
私は猫を抱き上げてなでてやり、干し草とミントのいい匂いがするねえお前は、とささやきかけた。(略)
『(略)その変な猫はほっぽって、私の方を見てくれ』」
「(略)私はもう猫をなでるのをやめていたが、猫は私のくるぶしに巻きつき、いっそう激しくのどを鳴らしていた。
その猫の暢気な様子とロベール・ブレッソンの真剣な表情の(略)
私は(略)噴き出してしまった。」
134p
「(略)彼はがっくりとベンチにへたり込んだ。
猫は草地の方へ逃げ出した。
猫が遠ざかって暗闇の中に姿を消すのが見えた。」
193-194p
「(略)彼が二匹の子猫と遊んでいるのが聞こえた。
子猫たちのいたずらに大げさに驚いてみせ、(略)
彼は、猫に対するのと同じ愛情で、私を愛しているのだろうか。」
アンヌ・ヴィアゼムスキーの小説は今のところ、ゴダールとの出会いと映画を撮影した時期を描いた「彼女のひたむきな12ヶ月」とブレッソン作品で映画初主演した本作しか読んでいない。
二人の映画監督=映像作家の資質の違いというのか、アンヌの二作品に出ているように思う。
「彼女のひたむきな12ヶ月」を先に読んだのだが、当時の喧騒、モーリヤックの孫娘がゴダール作品に出演する、アンナ・カリーナに代わるゴダールの女神になりうるのかといった興味で周辺は大騒ぎ。
それが読んでいて伝わってきた。
アンヌ自身も、アンナ・カリーナの存在を強烈に意識しないではいられない。
映画史としても貴重な記録なのだが、「彼女のひたむきな12ヶ月」のほうがよりドキュメンタリー調、エッセイ調なのに対し、「少女」のほうがより小説である、と思う。
三匹の猫との関わりを抽出したが、ブレッソン監督の飼い猫である二匹のシャム猫と接する際、彼はアンヌにやや冷たい。アンヌが公園の茶トラの猫と接するときにブレッソンはその猫に嫉妬しているというのが面白い。
アンヌはどちらかといえば、犬派のようだが、彼女の態度は猫のようだ。 「バルタザールどこへ行く」は、なかなか酷な内容だ。
本文や解説によると、ブニュエルの「ビリディアナ」やベルイマンの「処女の泉」のような…
どうしてネタばらしするのだろう、怖くて見られないではないか…
地元の公立図書館にて、ヴィアゼムスキーで検索するとDVDがあるという。
ひいいー。
館内閲覧は可能とのこと。
後半に行くにつれ、過酷な内容の映画を一人で鑑賞って…
怖い、無理だ。
でも怖いものみたさ、もあるのだけど。
この記事へのコメント