ブレイディみかこ「いまモリッシーを聴くということ」
エキサイトブログより転記。
8-9p
62p
上記の歌詞日本語訳の原文は、以下のとおり。
とにかく、このパートが一番痛烈で意味深であることには違いないのだけど。
「The Queen Is Dead」のジャケット写真がA・ドロンだったとは、全く気がついていなかった。
モリッシー同様、アイリッシュの血を引くマンチェスター出身のヴィニは、モリッシーの最高のパートナーになるように思えたからだ。」
115p
ソロのキャリアは殆ど興味が無くて、スミス時代ばかり聞いているけど、それでも凄いと何年も思っている。
ヴィニは、多分もっとインタビュアー泣かせの、ずーーーっと黙っているような…また、ドゥルッティの、ヴィニのファンもそうあって欲しいと望んでいそうな青年であったろう。(違っていたら、怖いわー?)
メインのゲストがD・ボウイとオアシスのノエル・ギャラガーだったこともあるけど、ロディーがまるっきりその他大勢扱いだったのと、「誰、このロン毛の中年男は?」と私も気がつかなかったくらい、オーラが消滅していたことにショックを受けた。
そういった能力が、作詞や歌唱に比べて、高い水準でできないのだろうか?
ブレイディ氏の著作を読んで、その疑問が大きくなった。
特に、ソロ活動になってからのモリッシーが、曲作りをプロデューサーや参加ミュージシャンに強く依存しているように思えたから。
違っていたら、どなたかご指摘を。
仮に、作曲ができないとしよう。
歌詞を何曲か分、書いてきて、それをモリッシーがジョニー・マーに見せる、朗読する。
何となく、口ずさむ。
ジョニーがあの、類稀な演奏力で次々と完成させる。
モリッシーがテープに入ったギター音に乗せて、歌ってみる。
「うん…ジョニー、このフレーズはこうしたほうがもっと歌い易い、もっと激しい音で。
もっと囁くような音で。
転調させてみることはできる?
うん…そう、それだ」などという現場を妄想する。
この程度の陳腐な想像しかできないが、まさしく奇跡の組み合わせだ。
後年、A・ロークとM・ジョイスが起こした訴訟により、彼らにもスミス時代の収益の、25%を支払うように、という事態になったという。
官邸に彼らが呼ばれたこともあったとか。うむむ。
日本で言えば、マンガ好きの「みぞゆう」元首相(作家で英文学の翻訳家でもある吉田健一の親族…)の肝いりで、日本のマンガやアニメを世界に向けて発信!
…それと同様のことだろう。
スミスやモリッシーに興味の無い人、英国のインディーズ、特にパンク/N・ウエーブ、オルタナティブの音楽が好きだという人でないと、この本に書かれている専門用語を知らないだろうし、全く理解できないかと思う。
ブレィディ氏は、特に注釈をつけていないから。
例えば、ラフ・トレードという英国のインディー・レーベルから、非常に優れたミュージシャンを多く輩出したことなど。
「There is a light that never goes out」のイントロを聞いた途端に叫び声あげてステージのモリッシーに突進…
書評『いまモリッシーを聴くということ』:「壁」は高いほうが好きだ | FUZEhttp://themmagazine.net/blog/1273



以下、目次。
「目次 なぜいまモリッシーを聴くのか
section 1: The Smiths The Smiths(1984) Hatful of Hollow(1984) Meat Is Murder(1985) The Queen Is Dead(1986) Strangeways, Here We Come(1987)
section 2: 1988~1997 Viva Hate(1988) Bona Drag(1990) Kill Uncle(1991) Your Arsenal(1992)Vuxhall and I(1994) Southpaw Grammar(1995) Maladjusted(1997)
section 3: 2004~ You Are the Quarry(2004) Ringleader of the Tormentors(2006) Years of Refusal(2009)World Peace Is None of Your Business(2014)
あとがきにかえて 参考文献」8-9p
「なぜいまモリッシーを聴くのか」より。
「 80年代当時にシングル・チャートでいつも高位を独占していたというわけでもないのに、不思議と英国のポップ・カルチャーにおける不動のアイコンになっている人物がいる。
元ザ・スミスのフロントマン、モリッシーである。 彼は、2006年に行われたBBCの調査で『生けるブリティッシュ・アイコン』の2位に選ばれ、世間をあっと言わせた。(略)
ミュージシャンが2位に食い込んだというだけでもすごいことだったが、デヴィッド・ボウイやポール・マッカートニーといった一般的に国宝と呼ばれている人々を抜いて、ミュージシャン部門で1位になったことにも驚きの声が上がった。」11p
「 また、いまや英国のヒットチャートに入っているアーティストの90%がミドルクラスとそれより上の階級出身者で、高額な授業料を親が負担できる私立校出身者ばかりである。ということを10年以上も前に暴いたのは、英国を代表する女性パンク・コラムニストのジュリー・バーチルだった。」
「section 1: The Smiths The Queen Is Dead(1986)」より、56p
「 アルバムのジャケットに使われた1964年の映画『L’Insoumis』の死んだように横たわっているアラン・ドロンの写真は、エリザベス女王の比喩でもなければ(略)イングランドが息絶えた姿だ。」62p
「『僕は登記された歴史的事実を調べた/そして大いなる衝撃と恥辱を感じた/
自分が大昔のクイーンか何かの/18代目の子孫だったことを発見した時には』と筆を進めるが、この『クイーン』とは女王と『女装』のダブルミーニングだ。(略) しつこいほど繰り返し60年代のワーキングクラスの映画、小説、写真を、歌詞やレコード・ジャケットのモチーフに使うことからもわかるように、モリッシーは古い労働者階級の人々の『貧しくともプライドを持って暮らすモラル』を愛し、その価値観に拘り続けた人である。(略)
ジョニーはこの曲の歌詞がモリッシーのリリックスの最高峰だと語ったことがあった。」上記の歌詞日本語訳の原文は、以下のとおり。
「So, I checked all the registered historical facts And I was shocked into shame to discover
How I’m the 18th pale descendant of some old queen or other」 この歌詞について私は「王制を批判する立場でいたが、何てことだ、自分も昔の女王だか誰か王族の子孫だったとは!(どうしてあいつ等だけが王族の扱いを受けているのだ)」というように読んでいた。
「いや、違うでしょう、浅い!」と思う方、ご教示を。とにかく、このパートが一番痛烈で意味深であることには違いないのだけど。
城に押し入った侵入者と女王が会話するという設定も歌われているが、これも実在する事件(コクトーの「双頭の鷲」を思わせるが、それとは別に英国で起こった事件なのか)を基にして書いていたのかどうかも知りたい。
「The Queen Is Dead」のジャケット写真がA・ドロンだったとは、全く気がついていなかった。
死んだ姿?のドロン…彼の主演映画では自分が死ぬのではなくて、人を殺す印象が強いので…
あ、ヴィスコンティの「若者のすべて」は、違うのか? それはともかく。
私が一番好きなスミスジャケ写はJ・コクトーの「オルフェ」の、J・マレエの写真である。89p
「section 2: 1988~1997 Viva Hate(1988)」より。「 そのジョニーの穴を埋めるために、スティーヴンが連れてきたのがドゥルッティ・コラムのギタリスト、ヴィニ・ライリーだった。
これは当時の音楽好きの間では、『モリッシーとドゥルッティ? おおーっ』とどよめきが起こったのを記憶している。モリッシー同様、アイリッシュの血を引くマンチェスター出身のヴィニは、モリッシーの最高のパートナーになるように思えたからだ。」
115p
「Bona Drag(1990)」より。
「(略)いわゆるロックやポップスの範疇を出て、モリッシーにはもっと実験的な音楽を歌わせるべきだと考えていたヴィニは、スティーヴンが作った曲やアレンジを『退屈だ』『僕ならこうする』と批判して喧嘩が絶えなかった。」いや、面白い。
ブレイディさんはジョニー・ロットン(=Sex Pistols, ジョン・ライドン=Public Image Limited、とは状況において書き分けてる)を一番上に置いているのだろうが、モリッシーにはロットンには無いものがあるからそれは勿論認めておられて。
私の場合、ブレイディさんのロットンに相当するのがボウイです、そんでボウイでも書かないことを書く、言うモリッシーは凄いと思う。ソロのキャリアは殆ど興味が無くて、スミス時代ばかり聞いているけど、それでも凄いと何年も思っている。
ドゥルッティ・コラムの(ほぼ彼のワンマンバンドでなかったか)ヴィニ・ライリー、そういう組み合わせがあったことはうっすら、覚えている。
同じ内向的な、シューゲイザー(靴の先を見つめる、が直訳か)な青年でも、モリッシーは結構外交的だし、ブレィデイ氏が言うように、ビジネス的な戦略に長けたところがあるからね。ヴィニは、多分もっとインタビュアー泣かせの、ずーーーっと黙っているような…また、ドゥルッティの、ヴィニのファンもそうあって欲しいと望んでいそうな青年であったろう。(違っていたら、怖いわー?)
あの美しい繊細なギター。
「もっと実験的な歌をモリッシーに歌わせる」って、それをあまりやり過ぎても、モリッシーというよりはドゥルッティ・コラムのヴォーカルがモリッシーに、なってしまっていただろう。でも、彼らのレコーディング風景を想像するだに、恐ろしい。
モリッシーが誰か他のミュージシャンに気を遣う?、怖い…笑。
スミスの再結成の噂で、「アズテック・カメラのロディー・フレイムがギタリストで参加」説もあった。こちらも、実現していたら凄いけど、怖い。
人気TV番組、ミュージック・エアチャンネルの「ジュールズ倶楽部」に、ロディー・フレイムが登場したことがある。メインのゲストがD・ボウイとオアシスのノエル・ギャラガーだったこともあるけど、ロディーがまるっきりその他大勢扱いだったのと、「誰、このロン毛の中年男は?」と私も気がつかなかったくらい、オーラが消滅していたことにショックを受けた。
「ネオアコ御三家」などとアズテックを持て囃していたのは、もしや日本だけだったのだろうか…
モリッシーだったらロディーだろうと、バックバンドのメンバー扱いになっていた可能性すら、あるな。
長年の疑問なのだけど…モリッシーは作詞、歌唱力については大変才能のある人だけど、作曲や楽器演奏については、他の人(過去においてはほぼ、ジョニー・マー)に任せているのだろうか?
譜面を書く、譜面が読めないまでも、ギターなどをつまびいて曲を録音してその後、完成された形にする。そういった能力が、作詞や歌唱に比べて、高い水準でできないのだろうか?
ブレイディ氏の著作を読んで、その疑問が大きくなった。
特に、ソロ活動になってからのモリッシーが、曲作りをプロデューサーや参加ミュージシャンに強く依存しているように思えたから。
違っていたら、どなたかご指摘を。
仮に、作曲ができないとしよう。
歌詞を何曲か分、書いてきて、それをモリッシーがジョニー・マーに見せる、朗読する。
何となく、口ずさむ。
ジョニーがあの、類稀な演奏力で次々と完成させる。
モリッシーがテープに入ったギター音に乗せて、歌ってみる。
「うん…ジョニー、このフレーズはこうしたほうがもっと歌い易い、もっと激しい音で。
もっと囁くような音で。
転調させてみることはできる?
うん…そう、それだ」などという現場を妄想する。
この程度の陳腐な想像しかできないが、まさしく奇跡の組み合わせだ。
後年、A・ロークとM・ジョイスが起こした訴訟により、彼らにもスミス時代の収益の、25%を支払うように、という事態になったという。
うーむ。
スミスにとっては後輩であるオアシスやブラーが、「British Invention」と称して売れていたことについて、ブレィディ氏によると、ブレア首相の肝いり、政府主導だったとは…官邸に彼らが呼ばれたこともあったとか。うむむ。
それはロックではないねー。
どうせ彼らには興味も無いから(ブラーの何曲かは好きだし、メンバーの一人が始めたGorillazはいいのだけど)、ロクに知らないけど、多分大手のレコード会社からデビューしたのではないか。日本で言えば、マンガ好きの「みぞゆう」元首相(作家で英文学の翻訳家でもある吉田健一の親族…)の肝いりで、日本のマンガやアニメを世界に向けて発信!
…それと同様のことだろう。
スミスやモリッシーに興味の無い人、英国のインディーズ、特にパンク/N・ウエーブ、オルタナティブの音楽が好きだという人でないと、この本に書かれている専門用語を知らないだろうし、全く理解できないかと思う。
ブレィディ氏は、特に注釈をつけていないから。
例えば、ラフ・トレードという英国のインディー・レーベルから、非常に優れたミュージシャンを多く輩出したことなど。
だから、読もうとしてもやや難解に思うかもしれない。
分からない用語をすっ飛ばして読んでも、面白く読めるのでは。 英国在住のブレイディ氏は、モリッシーの音楽論、作品論ではなくて彼を通じて英国の音楽シーンだけではなく、社会、政治、宗教など、英国について語るといった内容になっている。
それが正しい。 モリッシーも小説出したのね。
彼が書くならば散文の前に詩集が先では、と思うけど。歌詞ではないやつの。
モリッシーのソロ公演を見に行かれた時、上品な中年女性が大人しく聞いていたのに「There is a light that never goes out」のイントロを聞いた途端に叫び声あげてステージのモリッシーに突進…
グランディエ!って尼僧ヨアンナか。
それとも「インドへの道」か。女優ではマギー・スミスで脳内再生。
なんか、普段は抑圧されている優等生な女性が突然、っていうの、モリッシーも罪ねえ(笑) うう、返したくない、っつか、買えよ (笑)
ジョー・ストラマーがプロデュース予定だったアルバムもあったらしい。うーむ。
まさか亡くなられるとは思わないから頼んでおけば良かったのでは… 他にトニー・ヴィスコンティやミック・ロンソン、スティーブ・リリーホワイトの名前もあったりして流石大物。
スティーブ・リリーホワイトねえ、一時一世を風靡しましたが、打ち込みバスドラの音がすぐに彼と分かる。Fスケートで言うと、ストレートラインステップを見るとモロゾフの振り付けとすぐ分かる、みたいな。
モリッシーもソロを始めた頃は来日しても横浜スタジアムなど、キャパが大きかったけど段々小さく… でも、やはりいつまでも注目の的なのですね。
予言しておきますよ。モリッシーの、ノーベル文学賞受賞、あると思います。
ボブ・ディランが受賞したので、ミュージシャンも受賞対象となったのでね。ジョニー・マーのギターは、誰かの影響を受けているのかもしれない。
だが、ザ・スミスの音楽性、特にモリッシーの書く詞に誰かの影響(あるとすれば、オスカー・ワイルドとジャン・コクトーだが)を感じないから。英国のミュージシャンは、聴けば大体誰かに影響を受けたと分かるのだが、スミスみたいなバンドは、彼ら以前に思い当たらない。
「ミュージックエアー」チャンネルで、スミス特集をやった時にジャーナリストが「ビートルズでさえ、歌ってる時は米語だった。スミスは、真にイギリスのバンドだ。」
「punctured bicycle on a hillside desolate…(『This Charming man』)こんな歌詞を書く人はいない」と言っていたのだ。書評『いまモリッシーを聴くということ』:「壁」は高いほうが好きだ | FUZEhttp://themmagazine.net/blog/1273
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